「満すみ」プロジェクトの経緯

「日雇い労働者の町」として知られた大阪・西成の釜ヶ崎の高齢化を描くべく、私(篠原)と元吉でドキュメンタリーを撮影している際に、このプロジェクトにも参加している杉浦正彦氏と知り合い、満すみの存在を知りました。それまで飛田新地は名前を聞くだけで足を踏み入れたことはありませんでしたが、その独特の景観に圧倒されました。そして、その外れにある満すみの中に足を踏み入れた時に率直に思いました。「もったいない」と。

私は買売春を良しとは思っていませんし、見る人が見れば、遊廓制度は抹殺すべき忌まわしき歴史かもしれません。ただ、20年以上ジャーナリズムの世界に身を置いて来て感じるのは、今の時代を描き出すだけでなく、消えゆくものを可視化し、意味と価値を与えることもジャーナリズムの仕事だということです。日経新聞が明らかにした富田メモ(元宮内庁長官の富田朝彦氏がつけていたとされるメモ。昭和天皇の靖国参拝に関する発言が既述されている)に比べれば遙かにレベルの低い話だと自覚していますが、早晩、取り壊される可能性が高い中、後世に残す価値があると私たちは判断しました。

万人に関心のあるものではなく、癖の強いプロジェクトだとは思いますが、ご関心があれば是非ご協力ください。元吉が撮影した写真と、門馬がデザインした写真集は素晴らしい出来だと自信を持って言えますので。なお、私と元吉が作った釜ヶ崎のドキュメンタリーを以下にシェアします。

 
釜ヶ崎物語(1)労働の街
釜ヶ崎物語(2)福祉の街
釜ヶ崎物語(3)適応の街
釜ヶ崎物語(4)再生の街

「満すみ」プロジェクトメンバー

 

篠原匡

Tadashi Shinohara

1975年生まれ。1999年慶応大学商学部卒業、日経BPに入社。日経ビジネス記者や日経ビジネスオンライン記者、日経ビジネスクロスメディア編集長、日経ビジネスニューヨーク支局長、日経ビジネス副編集長などを経て、2020年4月にジャーナリスト兼編集者として独立。人物を通して社会、経済、政治の交点を描くのがモットー。著書に『腹八分の資本主義』(新潮新書、2009年)、『おまんのモノサシ持ちや!』(日経新聞出版社、2010年)、『神山プロジェクト』(日経BP、2014年)、『ヤフーとその仲間たちのすごい研修』(日経BP、2015年)、『グローバル資本主義vsアメリカ人』(日経BP、2020年)などがある。

杉浦正彦

Masahiko Sugiura

2015年に脱サラし、大阪市西成区あいりん地区にて行政が発注するあいりん環境整備事業の調査業務などの業務に従事。2015年に自身で宅地建物取引士を取得後、同地区の萩之茶屋地域周辺まちづくり合同会社にて宅地建物取引業を開業。現在は大阪府簡易宿所生活衛生同業組合の事務局長を務める一方、2019年に株式会社サミット不動産を開業、代表取締役として現在に至る。その他、厚生労働省 国立研究科学院「住宅宿泊事業における衛生管理手法に関する研究」研究協力者など。現在は同地区を中心に多様性を重視したまちづくりをモットーに、不動産事業やまちづくり関連の事業を手がけている。

元吉烈

Retsu Motoyoshi

映像作家。ニューヨーク在住。大学卒業後の2006年に渡米。2010年にニューヨークのスクール・オブ・ビジュアルアーツ映画学科卒業後、日米で好評を博した「ハーブ&ドロシー」の制作チームに参加、主に編集アシスタントをつとめる。独立後は映像編集で日米問わず多くのドキュメンタリー作品に参加。2018年からは日経ビジネスオンラインにて継続的にドキュメンタリー作品を発表。また、監督した短編映画はアメリカやヨーロッパの映画祭にて上映されている。ドキュメンタリーとフィクションを行き来することで見えるリアリティを見つめながら映像制作を続けている。

門馬翔

Sho Momma

アートディレクター・グラフィックデザイナー。高校卒業後に渡米。ニューヨークのFIT(ファッション工科大学)にてデザインを学ぶ。2008年に卒業後、ニューヨークのデザイン事務所で、ガゴシアンギャラリーをはじめとした、国内外の著名なアーティストやギャラリー、ミュージアムの展示会のブランディングやカタログの制作に携わり、2018年後半に独立。Vice mediaやスワロフスキー、Garage Magazineとのコラボレーションや、J. PRESS USAのキャンペーンのAD・デザインを担当。2020年帰国し、クリエイティブエージェンシーTrue Romance Creativeを東京に設立。

 

蛙プロジェクトについて

日々、生み出される膨大な数のニュース。社会や経済の変化を把握するために、あるいは不確実な未来を少しでも見通すために、今起きていることを理解し、自分なりの見方を持つことは変化の早い時代を生き抜くために不可欠です。もっとも、朝のニュースが夜に価値を失うこともしばしばで、コンテンツとしての価値はそれほど長いものばかりではありません。

一方、私たちの周囲に目を転じれば、時代の流れの中で消えゆくものも少なくありません。それは、昔の文化だったり、道具だったり、建物だったり、人間そのものだったり、あらゆるものが廃れ、壊れ、老いていきます。私たちはプロジェクトという形で、そういった「消えゆくもの」の価値を問い直し、テキストと写真、動画などで後世に残していこうと思っています。